タイムマシン

N氏の、長い歳月をかけた研究がついに実を結んだ。
これまで人類の夢であり続けたタイムマシンの誕生の瞬間である。

「やった。やったぞ。僕はついにやった!」

N氏は一人歓喜し、己が努力の結晶であるタイムマシンを前に涙を流す。
「そうだ、こんなことをしている場合じゃないや」
科学省にこれを伝えようと、N氏は電話に手を伸ばし、興奮気味にコールをかける。
コール音を聞いていると、N氏の思考はだんだんと冷静になっていった。その時、
「待てよ」
N氏は電話を切った。

「まだ試用を行ってなかった。科学省への報告はその後だ」
N氏はタイムマシンを腕にはめ、スイッチを入れた。

周囲の景色が眩い光に溶け込み、光がおさまると、
幾何学的な模様がN氏の周囲に展開される。その背景に透けるようにして、
何時とも知れぬ年代の何処とも知れぬ風景が猛烈な速さで差し替わりながら映っている。
N氏は黙々と飛翔先の条件を加えていく。
条件に当てはまるように、少しずつ、

目の前に映し出される風景の年代と場所が限定されていく。
やがて、N氏の望む景色がそこに現れた。

N氏は悪童のような笑みを浮かべて、ボタンを押す。
一瞬の闇が明けると、N氏はそこに立っていた。

十年前の、いつも誰もいない小さな公園だった。
"タイムマシンの試用"というのは、これから自らが行おうとしている
イタズラに対して見てみぬフリをするための免罪符だ。
このタイムマシンが多くの人間に知られる前に、
ちょっとだけ悪さをしてみようというN氏のささやかな出来心だった。

N氏は公園の脇の方まで歩き、そこの土に一握り分のビー玉をを埋めて、時代を元に戻す。


再び土を掘ると、
「あれ?」
何もなかった。

この十年の間に誰かが掘り起こしたのだろうか。
N氏はまた元の時代へ遡る。だがそこにもビー玉はなかった。

かれこれ、何日間も同じようなことを何度も行ったが、過去の改変は叶わなかった。
そんなことを続けているうち、N氏はある事実に気付いた。

それは、自分が開発したものがタイムマシンではないということだ。
時間を遡行できる装置をタイムマシンとするなら、
N氏が開発したものは平行世界へ飛翔できる装置である。
数億数兆もの「場合」によって枝分かれした世界を自由に行き来できるということだ。

あの時の自分は、無数の過去の内の一つと、
無数の未来の内の一つを渡っていたため、ビー玉のある過去、
または未来へ飛ぶことができなかったのである。

それを実現するには一生をかけたとしても難しいことだろう。
自分がタイムマシンだと思っていたものは、実はそうではなかった。
だが、N氏はさほど落胆しなかった。

むしろ、その目はぎらついていたのだ。
それに比べれば、イタズラをする前の悪童の目などかわいいものだ。

「僕はとんでもないものを発明したぞ」
その事実が判明した日から、N氏は無差別に過去と未来へ飛んで銀行強盗を働き始めた。

その世界で犯人を捜しても、
その犯人はすでに別の世界へ飛んでしまっているのだから絶対に捕まりっこない。
やりたい放題できる。

ほんの数週間で、N氏は街一番の大金持ちとなり、
ついに高級住宅地で邸宅を建てるに至った。
しかし、そんな優雅な生活は突如として終わりを告げることとなる。

ある日、警察がやってきたのだ。
「銀行強盗を働いたNだな。逮捕する」

N氏は、警察の言った罪状に狼狽しながらも厳しく声を荒らげた。
「何を言っているんだ。僕は強盗なんてやっちゃいないぞ。証拠はあるのか」
「防犯カメラにお前の姿がはっきりと映っている。さあ来い」
手錠をかけられ、N氏は連行される。

なぜだ。自分が捕まるはずはない。ましてや防犯カメラに映っているなどありえない。
この世界では、自分は何の悪さもしていないはずではないか。

そう考えたとき、N氏は一つの可能性に思い至って、ついに観念した。
「なるほど、どこか遠くの世界にいる僕が、この世界にやって来たわけか」
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